自由とは夏の朝の涼しい風のようなもの

 

おはようございます。『自由と無料の研究所』所長のひろあきです。

自由とは夏の朝に浴びる涼しい風のようなものです

心の中に秘めた熱い情熱をクールな風で覚ましていくような、そういったすがすがしさです。

あるいは、朝の涼しい風が今日という日をワクワクさせて生きていく予感のようなものであるともいえます。

自由とはワクワク感満載であり、それを今日も味わえるということの喜びでもあるのです。ですので、日中どんなことがあったとしても、このワクワク感の中で生活していくことがとても大事であるといえます。

人は選択できる力を持っています。その日その日を恐れや苦痛の中で生きていくのか、それともワクワク感でもって生きていくのか、選択できるのです。

であるならば、日々をワクワクした気持ちで生きていった方がいいのは当然です

もちろん、1日の中で、いろいろな感情が湧き上がり、その感情が朝に感じたワクワク感を打ち消してしまうこともあるでしょう。

しかし、もしそういった感情が湧き上がり、その感情に気付くことができたなら、一度気持ちを整えて、もう一度、朝に感じたワクワク感を思い出してみるのも大切なのです。

感情は雲であり、自由とは大空である

自由を大空に例えるならば、負の感情は雲のようなものです。自由は常に存在し、それを打ち消すことはできません。しかし、時折、自由という大空を覆ってしまう雲が現れます。

もし、自由な空に黒雲が現れて、それにどうしようもなく覆われてしまったのなら、ジタバタすることなく、ただその黒雲が去っていくまで待つのも大切なことです。

自然界の雲を人の力で何とかすることはできません。人はただ雲が晴れるまで待つしかないのです。

雲は必ず晴れます。そして雲の上には必ず自由という大空が存在しています。

時に、何もせずにじっと待つことが肝要な場合もあります。ジタバタすることで状況を悪化させてしまうこともあるのです。

そういった時は、勇気を持って雲が晴れるのを待ちましょう。雲は必ず晴れますから。

晴れた空は、夏の透き通った朝の空のようなものです。新鮮ですがすがしく、どことなくワクワクする空なのです。そんな空こそ、自由の象徴といっていいでしょう。

そんな自由の象徴である大空を、いつも心に持って生きましょう

本日のまとめ

自由とは夏の朝の涼しい風のようなもの
① 自由とは夏の朝の涼しい風のようなもの。
② 人は自由で生きるか、苦痛で生きるか選択できる生き物である。
③ 雲行きが怪しくなってきたら、朝のワクワク感を思い出そう。
④ 自由という大空を覆う黒雲が現れたら、雲が去るまでじっと待つ。
⑤ 雲は必ず晴れると信じて、状況を悪化させずに待つことが大事。
⑥ 自由の象徴である大空を、いつも心に持って生きましょう。

 

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自由とは「本気度」で決まる

 

おはようございます。「自由と無料の研究所」所長のひろあきです。

人生で何をしたいと問いかければ、「自由を謳歌したい」と多くの人が思うことでしょう。好きなものを自由に買えて、好きなときに行きたいところに行って、食べたい時に食べたいものを食べる、といったことに多くの方は憧れを持つのではないでしょうか。

そして、その願望を叶えるために、日夜、努力を惜しまず過ごしている方もいらっやることと思います。

とはいえ、自由になるために日夜の努力をしすぎてしまい、日々の生活が努力一辺倒となってしまっている方も多いのではないでしょうか?

そう考えると、自由になるために、今という時を不自由に過ごしているという方も意外と多いのかもしれません。

そこで、ふと疑問を感じて軌道修正するということも多分にあると思います。

当初は、ある一定の何かを完全に手に入れてから自由を謳歌する、ということ当初の目標であったとしても、それではあまりに苦しすぎるので、将来に向けての努力だけでなく、日々の生活の中でも楽しめることと、その両方をするようになったりもします。

そうしていくうちに、意外と努力することよりも、日々の楽しいことの方が楽しくなってしまったりして、今度は、日々の努力がおざなりになってしまったりします。

そうやって、結局、日々の努力と日々の楽しみの比重を行ったり来たりしながら、なんとなく生きてしまうという場合が多いのではないでしょうか。

自由を得るには、絶対的に楽しいこと優先で生きる

本当の意味で、自由を得ている人というのは、努力はしていないといっても過言ではありません。

真の自由人は、「自由を謳歌したい」とはあまり考えることなく、「好きな事をずっとしていたい」と考えている人なのです。

この「好きな事をずっとしていたい」から、真の自由人はその環境作りに励むのだと思います。そう考えると、自由になるためには、好きな事とは関係のないところでの努力は全くの無駄であるといえるのです。

それよりも大切なことは、好きな事を可能な限り、徹底的に行うことの方が大事なのです。そうして好きな事を最大限に行っていくことで、自然と環境が作られていくようになり(不思議なことも起こります)、最終的には、誰にも邪魔されることのない生活そのものを自由に扱うことができるという理想の生活が手に入れられるといえるのです。

ですので、何かをするために、その何かとは関係のないことをして収益を上げるなどといった環境作りをするのではなく、まさに直球勝負で、つまり自分の好きな事を通じて環境作りをしていくことが理想であるといえるでしょう。

まずは今、楽しめることをしよう

今現在、どんな環境であったとしても、まずは今、楽しめることをすることが自由への第1歩です。人生はどんな時でも、どんな環境の中でも楽しまないと損なのですから。

苦痛に感じる努力はせずに、努力の必要のない好きな事をどんどんして生きましょう。好きな事をするにはどうすればいいか、脳をフル回転させて考え抜きましょう

今は昔と違って簡単に情報を収集できます。そういった集めた情報を駆使して行けば、必ず現在の環境下でもできることが見つかるはずです。

そうして、この今を楽しんでいくという積み重ねの結果として、将来的により理想に近い自由を手に入れることが出るでしょう。

自分が今したいと思うことに本気になって取り組めば取り組むほど、真の意味での「自由」に近づいていくことができます。

「自由」とは、ある意味では、あなたの「本気度」に掛かっているのです。あなたの本気度があなた専用のオリジナルな世界を作り、それがあなたにとっての自由となることでしょう。

本日のまとめ

自由とは「本気度」で決まる
① 本当の自由人は努力をしていない。したいことをしているに過ぎない。
② 好きな事をして生きるという、直球勝負が自由に繋がる。
③ 理想の生活を送るには、好きな事を徹底的に行う姿勢が大事。
④ 人生はどんな時でも、どんな環境の中でも楽しまないと損。
⑤ あなたの本気度があなたの自由を作り上げる。

 

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自由になるには明るい気持ちじゃないとね

 

おはようございます。自由とは何かを日々研究するブログ、『自由と無料の研究所』所長のひろあきです。

少し考えてみてください、自由な人ってどんな人でしょうか?

自由な人には、いろいろな特徴があって人それぞれでしょうけれど、おそらく、このことは自由な人誰でも共通するのではないかと思います。

では、それが何かというと「明るい」ということなのではないでしょうか。

自由な人には、きっと大きな悩みはないでしょうから(小さな悩みはあるかもしれません)、性格的に明るくなることは必然です。

そして、その明るさが、更なる自由を引き寄せること間違いなしです。

自由だから明るい? 明るいから自由?

自由になるための必須条件として、性格的な明るさがあるといっていいでしょう。性格的な明るさのある人のもとへには人が集まるものですし、なおかつ、それが力になって個人としてではなく集団としての自由を創り出すといってもいいでしょう。

そういった人は、性格が明るいからリーダーシップを取るという意味ではなく、集団として必要とされながら個人としての自由を謳歌するといった感じで世の中を渡り歩いていくように思います。自由な集団とは有機的で自然発生的に補い合うものですから。

それはさておき、あなたがこれから自由になりたいともし考えるならば、今の現状が例え自由でなかったとしても、性格的な明るさは必要になってくるといえます。

卵が先か鶏が先かの理論ではないですけれど、「自由になれたから性格が明るくなった」のか「性格が明るいから自由になれたのか」、そこには明確な答えはありません。それこそ「自由」と「性格的な明るさ」は、表裏一体なのだと思います。

ですので、自由になりたいと思うなら、まずは意識を普段から「明るめ」にしておく必要があるといえます。

では、どうすれば意識を「明るめ」にできるかというと、それは無理やりポジティブシンキングをするというようなことではなく、常にリラックスできるようにするということが大切であるといえるでしょう。

月並みですが、大事なこと

さらに自由になるために大切なことは、月並みですけれど、「人の悪口を極力言わない」、「小さなことに感謝する」、「自分自身を受け入れる」ということが大事です。

あるいは、こうともいえます。「自分自身を受け入れる」ことができたなら、「小さなことにも感謝できるようになる」し、「感謝」できれば、「人の悪口もいえなくなる」ことでしょう。

従って、「自由」になるための入り口は、まず自分自身の現在の境遇や過去の出来事、これから起こるであろう出来事すべて受け入れるということが大事になってきます。そして、すべてを受け入れた上で、明るい気持ちで日々を送っていくと良いでしょう。

本日のまとめ

自由になるには、明るい気持ちじゃないとね
① 自由な人は、性格的に明るさを持っていて、その明るさが更なる自由を引き寄せる。
② 自由な人は、集団としての自由を創り出せる。
③ 自由な集団は有機的で自然発生的に補い合うもの。
④ 性格的な「明るさ」と「自由」は表裏一体。
⑤ リラックスしていれば、性格的な「明るさ」は生まれる。
⑥ 「自分自身を受け入れる」、「感謝の気持ち」、「悪口を言わない」ことが「自由」への近道。
⑦ 現在・過去・未来のすべてを受け入れ明るい気持ちで日々を送っていくことが大事。

 

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愛に生きるということ

おはようございます。『自由と無料の研究所』所長のひろあきです。あなたは自由に生きていますか?

自由を求めるということは、自由ではないということがいえます。生活の中に何かしらの不自由さや不満があるからこそ、自由を求めるのではないでしょうか。

では、生活の中の不自由さや不満とはいったい何なのでしょうか? 今日はそれを考えてみましょう。

不満の種はどこから生まれるのか?

ある調査によると、人のストレスの原因で1番にあげられるのは男女ともに人間関係だそうです。まあ、これは誰もが納得できる内容であるといえましょう。日本人の多くが利益を上げることを考えて生きているわけですから。

利益とは数字であり、それに伴う収入であり、それを増やすことが第一目的になっている以上、人間関係が上手に行くわけがありません

わたくしもフラフラしている学生の頃、親に将来ちゃんと仕事をして収入を得ることの大事さを口を酸っぱくして言われたものです。つまり働く目的がまずはお金であるということになるのです。お金以上に大切なものは何なのかというような、教育は残念ながら受けていなかったように思います。

例えば、多くの人の生きる目的が「愛」(愛が意味するすべて)であったなら、ストレスの原因が人間関係とはならないといえるでしょう。多くの人が、「愛」に生きることに忠実であったなら、人間関係に悩むことなど本末転倒となってしまいます。

つまり、現代社会は、意識的にも無意識的にも「利益重視」の世の中になっているといえるのです。少なくとも「愛重視」の世の中でないことは確かです。日本人の大半の老若男女が、今月は幾ら貰えるかということをベースに生きているといってもいいのです

「利益重視」で生きていると、人の心の中にある「エゴ」が大きく育っていきます。このエゴとエゴがどんどん肥大していけば、当然、人間関係がうまくいかなくなるのは目に見えているのです。

従って、少し話は飛躍しますが、もしあなたが「真の自由」を生きていきたいのであるならば、まずは、「利益」よりも「愛」を重視していく必要があるのです。そして、そのためには、あなたの中のエゴを落としていく必要があるのです

「愛」に生きるということ

あなたの中の「エゴ」を完全に落とすことができた時、あなたは「愛」に生きることができます。「愛」とは「エゴのない状態」です。「エゴ」とは、あなたの中の欲望であるので、その欲望は「不自由さ」や「不満」を表しています。従って、「エゴ」がなくなれば、あなたはそういった不満から解放され、「自由」になるのです。

あなたが「自由」に生きていくことができた時、「無償の愛」で生きていくことができるでしょう。「自由」とはこだわりのない状態ですので、「自由」を手にすれば、無償の愛で生きることとなり、人間関係にさえもこだわりがなくなるのです。

多くの人がこの自由という名の無償の愛で生きることができるようになったとき、「利益重視」の世の中は消え去り、「思いやり」と「生を楽しむ」ことを目的とした世の中が来ることでしょう

そうなったとき、人類は一段階上の精神性の高い世界で生きていくこととなるでしょう。「利益」ももちろん大切ですけれど、その比重を少し減らして「愛」に傾けてみてはどうでしょうか。

本日のまとめ

愛に生きるということ
① 自由を求めるということは、現状は自由ではないということ。
② 利益重視だから、人間関係がストレスとなる。
③ 利益重視はエゴを肥大させる。
④ エゴを落とせば自由になることができ愛に生きることができる。
⑤ 愛に生きることができるようになると、社会のシステムが大きく変わっていく。
⑥ 愛重視の精神性の高い世界を構築できた時、人類は一段階上の世界を生きることとなる。

 

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自由はあなたの意識が作る

 

あなたは、普段、どんな意識で生きていますか。

どんな意識で生きているかって? と思う方もたくさんいらっしゃることでしょう。日常生活をどんな意識で生きているかなんて考えることもなく生きている人も多いことでしょう。

もしあなたが普段の生活の中で、たくさんの怒りを感じているならば、あなたの意識は怒り中心で生きているということといえますし、あなたの生活の大半を心配が大半を占めているならば、あなたの意識は心配が基礎となっているといっても過言ではないでしょう。

あなたの意識が生活の出来事すべてに反映していきます。怒り中心のあなたは、生活の中のどんな些細な事でも怒りの対象になってしまうでしょうし、心配中心のあなたは、どんな些細な事でも心配の対象となってしまうことでしょう。

ですので、あなたの意識がどんなところに焦点が当たっているのか、その結果、日々の出来事をどのように解釈しているのかを振り返ってみることが大切です。

意識が人生の質を変えていく

良い食べ物が、あなたの体に健康をもたらすように、良い意識があなたの人生を健全なものとするでしょう。あなたの意識が喜びであるならば、日常の些細なことに喜びを見出すことを可能にさせます。そういった小さな喜びが積もり積もれば、人生そのものが、喜びとなるのです。喜びは喜びを引き寄せますので、喜びは雪だるま式に大きくなっていくこと間違いなしです。

世の中に「引き寄せの法則」というものがありますが、これを実現しようと思っても、生半可な気持ちではなかなかこの法則を使いこなすことはできません。なぜなら、この法則はあなたの意識そのものを反映しているからです。

今日、喜びで生きていたとしても、明日、怒りで生きていては、何も引き寄せることはできないでしょう。喜びを引き寄せたいのならば、それこそ毎日の生活を「喜び」で生きていく必要があるのです。「喜びとして生きる」ということを日々実践していかなければならないのです。

これまで無意識的に怒り中心で生きてきた人も、これまで無意識的に心配中心で生きてきた人も、これからは意識して喜び中心で生きていくといいでしょう。

大事なことは、意識して生きるということなのです。

あなたの意識が自由に繋がる

あなたの意識が喜びとなり、それを実践して生きていると、そこに必ず自由が訪れることでしょう。あなたは引き寄せの法則をマスターし、喜びを引き寄せるようになるのです。するとあなたは、もう何かに縛られることはありません。喜びを引き寄せ、自由そのものを満喫できるようになるのです。

本日のまとめ

自由はあなたの意識が作る
①  あなたは普段どんな意識で生きているか、振り返ってみましょう。
② 良い意識があなたの人生を良いものにする。
③ 日々の実践で、引き寄せの法則をマスターしていく。
④ 意識して生きることが大事。
⑤ 意識していきることで「引き寄せの法則」をマスターすれば、自由を手に入れられる。

 

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おそれをなくす方法

 

おはようございます。『自由と無料の研究所』所長のひろあきです。

前回は、自由とは恐れのない状態であるということを書きました。自由とは制限のない状態であるので、恐れは自由にとって制限になるといっていいでしょう。

何かをしたいと考えたときに恐れが生じると、その欲求に対してブレーキとなるので不自由さを生みます。ですので、もし本気で自由を追求するならば、恐れを解消していく必要があれいいとなります。

では、恐れとはどこから生まれてくるのでしょうか。

恐れには身体的な反応としての恐れと、思考が生み出す危機回避的な恐れがあります。身体的な反応としての恐れは、「高い崖の上に立って下の景色を見てこわいと感じる」といったことです。思考が生み出す危機回避的な恐れは、例えば、「今月、これ以上お金を使ってしまうと、ヤバイ」、といった計算的思考から生まれる恐れのことをいいます。

恐れを解消するには、これら両方を本来ならば解消しなければなりませんけれど、今日は主に後者の方を扱っていきます。

ただ、本筋で言うと身体的な恐れを解消した方が、思考が生み出す恐れを回避しやすいのですが、それはそれでまたアプローチの仕方が違ってくるので、今回は、思考的な恐れの解消法について書いていきたいと思います。

恐れを解消する方法、それは今に集中して生きること

これはタラレバ話のようですけれど、恐れをなくすには考えないということにつきます

考えるから恐れが生み出されるのであれば、考えなければいいというのがシンプルな答えです。

思考はそもそも過去か未来しか見ることができない性質にあるります。例えば、今を思考してみてください。今を思考してみると、何が思い当たるでしょうか。

では恐れはどこから生まれるのでしょうか。それは将来に対する不安であったり、過去に失敗した経験であったり、そういった思考が恐れを生み出しているといっても過言ではありません。

今この瞬間に、恐れは存在していますか。過去でも未来でもなく、まさしくこの今という瞬間に恐れは存在しているでしょうか。

もし、この過去と未来がもたらす思考のトリックを見破ることができたとき、人は恐れを解消することができるでしょう。そして、このトリックを見破ることができたなら、純粋に今この瞬間を生きることが可能となるのです。

自由とは、今この瞬間を生きることです。今この瞬間を生きてこそ自由なのです。

とはいえ、今この瞬間を生きてこそ自由ということも思考の産物です。では、どのようにすれば、そういった思考から離れて、自由を満喫できるかというと、今この瞬間していることに、完全になりきるということです

これができた時、あなたは自由になって活き活きとした生命としての生を送ることができるようになるでしょう。

生命は今しか生きることができません。この地球上に存在している生命すべてが今に生きているといっていいでしょう。生命は今この瞬間を生きています。今この瞬間を生きることが生命の証です。従って、今この瞬間を生きることこそが、自由そのものだといえるのです。

本日のまとめ

おそれをなくす方法
① 恐れは自由を制限する。
② 恐れを解消するには考えないこと、今を生きることが大切。
③ 過去や未来といった思考が生命の本質を逸脱させる。
④ 今していることの完全になり切ることができた時、自由を体現できる。
④ 生命は、「今」しか生きられないし、今この瞬間を生きてこそ自由を謳歌できる。

 

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自由とは恐怖心のなくなった状態の事

自由とは、恐怖心のなくなった状態をいいます。

恐怖心を拭えない限り、真の自由を獲得することはできません。

何かしたいと思ったとしても、それをしないように仕向ける心が出現します。「失敗したらどうしよう」とか、「そんなことしたって何の得もないよ」とか、恐怖心をベースとした心があなたの自由へ向けた行動を妨げようとするのです。

恐怖心をベースにした心(思考)を落としていかなければ、真の自由は獲得することはできません。思ったことをあれこれと考えることなく、スッとできるようになってはじめて自由といえるのです。

何度も書きますけれど、自由とは、物質的な事柄ではありません。精神のありようです。これなくして。自由への達成はないのです。

そこで、まず克服していかなければならないのが恐怖心です。その克服法としては、やりたいと思ったことは、反対する心の声に打ち勝って、それを実行することです。それはどんな小さな事柄でも構いません。小さな事柄もそれにたくさん打ち勝てば、大きな進歩となります。

やりたいと思ったことは、必ずする。そうしたことの積み重ねが自由へと繋がる道なのです

本日のまとめ

自由とは恐怖心を克服すること
① 自由とは恐怖心のない状態。
② 恐怖心をベースにした心を落としていかなければ、真の自由は獲得することはできない。
③ したいと思ったことをスッとできるようになるには、恐怖心を落とす必要がある。
④ 自由とは精神のありよう。
⑤ したいと思ったことは必ずする。そうしたことの積み重ねが自由へと繋がっていく。

 

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自由とは遊んで生きること

 

自由とは遊んで生きることです。これこそが、我々が求めていることといえるでしょう。

心から遊んでいることは、「今、この瞬間をenjoyすること」でもあります。「今、この瞬間をenjoy」しているときには、過去のことも未来のことも考える必要がありません。まさにこの瞬間を生きている状態です。

今この瞬間を楽しんでいる状態が永遠に続くことに、我々は憧れを抱き、それゆえに自由を求めるのです。

「今、この瞬間をenjoyすること」は、幼子が遊びの中に没頭し、遊びそのものになっている状態のような感覚です。後先も考えず、とことん遊びに集中しているそんな感覚です。そんな感覚にいることができたとき、人はこの上ない幸福感を得るのです。

遊びを究めた人が、その遊びをもとに事業を起こし成功していくという例がたくさんあります。遊びさえそれを究めていけば、それが仕事となって、それこそ遊びという仕事をしていくことで一生遊んで暮らすことができるのです

ですので、心から楽しいと思えることをすること、それをとことんエンジョイすることが自由人といえるでしょう。さらに言うならば、心から楽しいと思えることを仕事としてしまえば、あとは、それそのものを楽しむだけの人生を送っていけばいいということとなります。

まずは自分が今していて楽しいことが何なのかを明確にしましょう。それをしている最中は、それそのものになり切って遊べるものを明確にして生きましょう。例えそれがどんなことであれ、他者の目とかを気にすることなく、まずは考えを自由にして、自分が心から楽しいと思えるものを明確にしていくのです。

そして、その明確化された対象をどんどん体現しそれを味わっていくと、それが自ずとあなたのあなたらしい自由となるでしょう。

本日のまとめ

自由とは遊んで生きること
① 自由とは遊んで生きること。
② 心から遊んでいる瞬間は「今」を生きている。
③ 今この瞬間を楽しむことが続くことが自由。
④ 遊びを究めれば、それが仕事となり、一生遊んで暮らせる。
⑤ 心から楽しいことをエンジョイするのが自由人。
⑥ 他人の目を気にすることなく、まずは楽しめることを明確化する。
⑦ 明確化された楽しいを体現していけば自由になれる

 

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自由とは今を生きること

 

自由とはこだわりのない状態です。もちろんこだわりが悪いわけではありません。しかし、こだわりが強くなりすぎると、そこに自由はなくなってしまいます。

自由とはFreeな状態ですから、こだわりが自由を阻害しかねません。従って、究極な自由とは、「今この瞬間をピュアに感じ生きること」なのです。

未来も過去も頭の中の幻想

未来にも過去にもこだわりすぎてしまうと、今を取逃してしまいます。どんなに素晴らしい未来を思い描いても、過去にどんなに素晴らしい出来事があったとしても、それにこだわりを持ってしまったら今を生きていないということになります。

未来を思い描くのも、過去の栄光を思い返すのも、それは個人の頭の中での幻想でしかありません。真の自由人とは、今、この瞬間を生きている人のことです。未来にも過去にもとらわれることなく、今、この瞬間を生きている人こそが自由人といえるのです。

自己効力感を上げるために想像の中で未来に行ってみても、あるいは過去に行ってみてもそれは全く問題ありません。しかし、そこから必ず「今、この瞬間」に戻っていく必要があるといえるのです。

過去と未来の収束点が必ず「今」になるように焦点を合わせていくことが大切なのです。

そうやって今、この瞬間を生き抜いていくことが、自由を体現することであるといえるでしょう。

未来も過去も思考の産物でしかありません。この思考を完全に落としきることができたとき、リアルな生を生きるということになるでしょう。

今この瞬間していることに集中すること、あるいは今この瞬間に集中できることをできるだけすることこれらが自由になるための近道です。

本日のまとめ

タイトル
① 究極な自由とは、「今この瞬間をピュアに感じ生きること」。
② 過去や未来にこだわりすぎると今を取り逃がしてしまう。
③ 今、この瞬間を生きている人こそが自由人。
④ 過去と未来の収束点が必ず「今」になるように焦点を合わせていくことが大切。
⑤ 今この瞬間に集中することや今に集中できることをすることが自由への近道。

 

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満足がたくさん、それが自由

 

自由について日々研究するブログ『自由と無料の研究所』所長のひろあきです。おはようございます。

前回は、どんな状況であっても今を楽しむことこそが「自由道」であると書きましたが、本日は、自由になるために何をすればいいかということを書いていきたいと思います。

自由という欲求の裏側にあるもの

「自由になりたい」という思いを抱くその背景には、強い不平不満があります。満たされない思いが強いからこそ、人は自由になりたいと思うのです。

逆にいえば、どんな状況であってもその状況に満足しているならば、人は自由になりたいとは考えないといってもいいでしょう。なぜならば、普段の生活に満足していれば「自由になりたい」などと考える必要がないからなのです。従って、現状に満足している人は自由であるともいえるのです。

ですので、自由とは現状に満足できている状態といっていいでしょう。もちろん、そういった状況の中でも大なり小なり不平不満はあるでしょうけれど、それでもなお現状に満足できているのであれば自由度はかなり高めといえます。

逆に、現状に満足できないことの反動として「自由になりたい」とか「縛りのない生活を送りたい」という「考え」が生まれるのです。

こういった「自由になりたい」とか「縛りのない生活を送りたい」と思うことは、その人を進化させる糧となります。どうすれば、自分らしく生きていけることができるだろうかと考え、試行錯誤させていく力となるのです。

しかし、その反面で、こういった欲求が強ければ強いほど、不平不満に対する意識に焦点を当ててしまいがちになってしまいます。実は、そうならないようにするということが、自由になるために大切なことなのです。

「多少の不平不満はあるものの現状に満足できている人は自由度は高い」、ということを先に書きましたけれど、こういった人の意識がどういったところに焦点が当たっているかといえば、不平不満ではなく現状の満足です。満足を得ているからこそ、自由度が高いといえるのです。

ここでひとつのパラドクスが生まれます。自由になるためには、不平不満という思考が邪魔になるということです。例えそれがどんな状況であっても意識を不平不満にフォーカスさせていたのなら永遠に自由にはたどり着けないといっていいでしょう。

従って、本当に自由になりたいと思うのであれば、どんな状況下であっても、意識を不平不満ではなく満足の方にフォーカスしていく必要があるのです。意識を否定から肯定へと改革させていくのです。

満足が自由への道

自由になりたいと思うなら、行動しなければなりません。自由になりたいと思いながらただ不平不満を連ね、何もしないでいては自由にはなれません。

では、どのように行動すればよいかというと、不平不満を言ったり思ったりしている時間を減らし、自分が満足だと感じられる時間を増やしていくのです。そうすることで、意識を不平不満から満足の方へフォーカスさせていくのです。

自由になるためには、「満足>不平不満」という図式の中で生きていくことが大切です。

そして、この図式を、

満足不平不満

と変化させることができたとき、あなたは限りなく自由近づくことができるのです。

本日のまとめ

タイトル
① 自由になりたいという欲求の裏側には、不平不満がある。
② 不平不満のない人は自由である。
③ 自由になりたいと思いは、人を進化させる力となる。
④ 自由になるには、意識を不平不満に当てないことが大事。
⑤ 自由になるためには、意識を満足にあてていく。
⑥ 不平不満の時間を減らし、生活の中に満足できる時間を増やしていく。
⑦ 生活の中に満足をどんどん増やしていくことが、自由への近道。

 

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