情熱の真っ赤な薔薇

 

自由になるためには、今、この瞬間に目覚めて生きていく必要があります。今この瞬間を生ききることの先に、真の自由が存在しているのです。

では、真の自由とは何なのか、それを一概に言葉で言い表すことは難しくもありますが、例えて言うなら、こんな感じです。

 

永遠なのか本当か 時の流れは続くのか

いつまで経っても変わらないそんな物あるだろうか

見てきたことや聞いたこと今まで覚えた全部

でたらめだったら面白い

そんな気持ちわかるでしょう

答えはきっと奥の方、心のずっと奥の方

 

これは、THE  BLUE HERATSというバンドの「情熱の薔薇」という歌の歌詞です。

自由は社会的通念を超えたところにあります。自由は誰かに定義されるものではなく、あなた心のずっと奥の方に備わっています。

自由になるための種は誰の心の中にも植わっています。その種があることに気付き、育てることができた時、あなたは自由になるのです。

そして、その種を育てる方法こそが、今、この瞬間に目覚めて生きるということです。無意識に支配されてロボットのように生きてはいけません。今この瞬間に注意を払い、今この瞬間を味わって生きることこそが、自由という種を育てる方法なのです。

あなたがあなたの心のずっと奥の方に辿り着くことができた時、見てきたことや聞いたこと今まで覚えた全部でたらめだったことに気付くでしょう。そして諸行無常のごとく、いつまで経っても変わらないそんなものがないというひとつの真理に到達することができるでしょう。

本日のまとめ

情熱の真っ赤な薔薇
ザ・ブルーハーツの「情熱の薔薇」という曲は真理を歌っている。

 
 

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自分がなくなると自由になる

 

自由を阻むもの、それは自分です。自分という殻があることで、自由が制限されているのです。そういった意味では、自分という殻の柔らかい人、薄い人が自由により近い人といえるでしょう。

自由人とは、自と他の交流が上手にできる人です。殻が固かったり厚かったりすると、交流そのものができなくなってしまいます。ですので、自由人になるのならば、殻を薄く柔らかくする必要があり、そのためには、自分のエゴをなるべく排除していくことが必要があるのです。

エゴは柔軟性を阻みます。柔軟性を、別の言葉で表すと可能性ともいえます。色々な可能性を楽しめることが自由であるといえるので、可能性を閉じることは自由を遠ざけるということになるでしょう。従って、柔軟性を持って物事にあたり、自と他の交感をたくさんすることが自由になるということなのです。そのためには、不要なエゴを排除していかなければなりません。

他とは何も人との交感だけを言い表すものではありません。樹や森や風といった自然であったり、あるいは、運転している車であったり、とにかく触れるものすべてが交感の対象となるのです。

では、どうやって交感していけばいいのでしょうか。それは感じることです。頭であれこれ考えず、感じることで交感を生んでいくのです。

従って、何かを達成しその結果として自由を得たいと思うのは真の自由とはいえません。真の自由とは、今、この瞬間を感じ切り味わい尽くすことです何かしらの対象と交感しその交感で得られた喜びを味わい尽くすことなのです。

柔軟な人が自由人です。何かに囚われることもなく、今この瞬間を自と他の区別なく味わいきっている人が、真の意味での自由人であるといえるでしょう。

本日のまとめ

まとめ
① 自分という殻が、あなたの自由を阻んでいる。
② 自由人とは、自と他の交流が上手にできる人のことをいう。
③ 自由になるために不要なエゴを排除し、柔軟性を高めていく。
④ 自由とは色々な可能性を高めていくこと。
⑤ 感じることが交感を生む。
⑥ 真の自由は今、この瞬間を味わい尽くすこと。
⑦ 自由人とは柔軟な人のことをいう。

 

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自由はすべてを包括する

 

自由になりたいという思いは、生きることの不自由さを味わったからこそ生まれるものです。もし生まれながらに自由であるならば、自由になりたいとは思わなかったことでしょう。そういった意味では自由とは不自由さの対極にあるといえるでしょう。ですので、もし自由を謳歌したいのならば、不自由さをしっかりと味わった上で、自由を得ることが至福のひとつといえるのです。そして、一歩づつ自由へと近づいていく過程を味わっていくことも、自由へ到達するための喜びともいえるのです。

何もない真っ白なキャンバスに、自由に絵を描きなさいと言われると戸惑ってしまうものです。絵を上手に描こうと思えば、技術を磨けなければならないという不自由さを体験しなければならないのです。そういった技術を身に付けてはじめて自由に絵を描けるようになるのです。従って、すべての道はあなたの自由のために繋がっているのです。

しかし、自由になるための技術ばかりを身に付けていてはいけません。自由とは元来技術ではないのです。ですので、一度身に付けた技術を一切捨て去る必要があるといえます。この技術を捨て去ることができてはじめて、人は真の自由になるのです。技術に依存していては、それは自由とはいえません。

禅の僧が厳しい修行をするのは、心の自由(悟り)を得るためにするためです。修行を通して、心のあり方を身につけて行くのです。修行を通じて思考を落とし、今この瞬間を見つめられるようになっていくのです。

真理を知るためには、両方を知らなければなりません。右を知らなければ左が語れないように、空を知らなければ陸を語れないように、対極の物事を知ってはじめて物事の理を知ることができるのです。

自由とは、この両方を知り、それが実はひとつであるということを知ることに他なりません。ですので、自由を正確な言葉で言い表すならば、自由は不自由の対極にあるのではなく、自由はすべてを包括する物事の理を知ることなのです。

本日のまとめ

まとめ
① 不自由さを味わって得る自由こそが至福。
② 身に付けた技術を捨てることで、人は自由になる。
③ 真理を知るためには、相対する物事の両方を知らなければならない。
④ 自由とはすべてを包括する物事の理をいう。

 

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今を生きることに自由がある

 

自由は、今この瞬間の中に存在します。過去にも未来にも存在しません。また、意識がこの今という瞬間に没頭しない限り、そこには自由もないといえます。

人の思考は、過去を未来の往来ばかりで、実際に今この瞬間を生きているということは、実はあまりないといえるでしょう。

人が何かに集中できている時、それが今に生きているといえるといえます。そういった意味では、集中して出来ることのある人は今を生きている人といえるのです。

人は大人になるにつれて計算高くなります。計算高くなることは、社会生活をしていく上で必要な事ではあります。しかし、その反面で、その計算性が生きることの純粋性を奪いかねません。

今を生きている瞬間は純粋であり無垢であり、それが生きることの喜びとなるのです。付き合い始めた頃の恋人同士が美しいのは、この純粋と無垢であるがゆえであり、彼らはふたりでいるときまさに自由を感じていることでしょう。

自由の要素の中には、未知なるものと対峙するという意味があるのです。人は未知なるものと対峙するとき、今この瞬間に感覚が研ぎ澄まされ集中力が高まりアドレナリンが噴出します。これが喜びとなるのです。こういった瞬間を求めることが、自由を求める根本原因といえるでしょう。

自由を手に入れ、知らない街や知らない国に行ってみたいと思う気持ちの裏側には、未知なる世界を体感してみたいという思いが隠されているのです。自由になりたいと思うのは、日常の習慣性の強い生活から抜け出し、日々、ワクワクし未知なることと対峙できるようになりたい、そういった思いがあるからなのです。

未知なる出会いも、そこに費用対効果といったことがあると自由感が損なわれてしまうものです。従って、費用対効果というような計算性のあるものではなく、純粋性や無垢といった物事、つまり好奇心が湧きたてられるようなことに対峙したいという思いが自由の根幹となっているといえるでしょう。

もしあなたが自由に生きたいと思うのであれば、未知なる物事と対峙することで純粋な気持ちになって、今ここに生きることができるようなことをすることをお勧めするのです。

本日のまとめ

まとめ
① 自由は、過去にも未来にもなく、今この瞬間に存在する。
② 今に集中できている時、今に生きているといえる。
③ 今を生きている瞬間は純粋で無垢であり、それが生きる喜びである。
④ 自由とは未知なるものと対峙したいという欲求のこと。
⑤ 好奇心の湧きたてられる物事と対峙したいという思いが自由の根幹。
⑥ 自由とは、ワクワク感の中で今この瞬間を生きることである。

 

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自由は結果ではなく原因です

 

自由になるためには、まずは、あなたの意識が自由にならなければなりません。あなたの自由な意識が、結果として自由を作り上げていくのです。

「成功して満足するのではない。 満足していたから成功したのである」、こう述べたのはフランスの哲学者、アランです。つまり、成功とは結果ではなく、原因であるということなのです。

いつもニコニコ微笑んでいる人の周りに人が集まるように、いつも満足している人のところには、成功が集まってくるのものなのです。

このことは、もちろん「自由」においても同じです。あなたの意識が自由であればあるほど、その結果としてあなたは自由になれるのです

そのためにしなければならないことこそが、より自由な意識を作っていくという改革です。

この意識改革をどのように行っていくかというと、まずはあなたが不自由と感じている原因を作っているのは、あなた自身であるということに気付くことです。そして、次に、あなたが作った不自由さに対して意識を改革していくといいでしょう。

リアクションで生きていては何も変わりません。リアクションを無意識に行うのではなく、意識的におこなうことであなた自身の自由を作っていくのです。

いつも物事をネガティブに考えてしまうことが多く、もしそのことに気付いているのであれば、それを自由に繋がるように変えていくことからはじめましょう。あなたの中の基本軸を『自由』に置くことで、どうすればあなたが原因としての『自由』となれるのかを考え、それを実行へと移していくことがよいでしょう。

意識が自由になってはじめてあなたは自由になれるのです。そのためにはまず、あなたの中の意識改革からはじめてはいかがでしょうか。

本日のまとめ

まとめ
① 自由は結果ではなく原因である。
② あなたの意識が自由になれば、結果はついてくる。
③ あなたの基本軸を「自由」に置き、意識改革をしていこう。
④ 「不自由さ」を作っているのはあなた自身であるということに気付こう。
⑤ あなたの作った「不自由さ」を変えていくことで、より自由へと近づいていこう。
⑥ 意識が自由になってはじめてあなたは自由になれる。

 

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意識的に自由になろう

 

日々の生活を意識的に生きること、それが自由への近道です。何をするにおいても意識を持って生活のすべてを律していくことが大切なのです。

自由とは、だらだらと何もしないで生きるということではありません。自分で選択したことを、思いっきり楽しむということが自由なのです。

喜びと共感は、すぐ目の前にある

あなたの望む自由を意識してみてください。その根底には何があるでしょうか。あなたの望む自由の中には、どんな要素が含まれているでしょうか。

そこには、きっと喜びが存在しているはずです。そこにはきっと他者との共感が含まれているはずです。あなたの想像する自由の中には、あなた一人しか存在しているということはないはずです。他者との喜びがあるはずなのです。

そして、現在の生活の中には、必ずあなたと他者とが存在しているはずです。自由になって、他者と喜びを共感をしたいというのであれば、遠い未来に出現するであろう知らない誰かではなく、まずは、普段の生活の中に存在する身近な人達と喜びを共感していくことが、実は自由への始まりなのです。

身近にいる人たちとのかかわりを意識的に、喜びと共感を持って行っていくことが、自由への第一歩といえるのです。

意識すると丁寧になる

身近なところから始めてみましょう。身近なところから意識して自由を満喫してみましょう。他者とのかかわりをどのようにすれば、喜びと共感を持ってすることができるようになるか意識してみましょう。

最初は、すべての人とそうなることはできないかもしれません。それでも全く構いません。まずは、それが可能な人と行うのです。これまでは、好きな人であっても無意識な対応をしていたかもしれません。この無意識さをなくしていき、意識的に付き合っていくようにするのです。

意識すると丁寧になります。この丁寧さが、あなたを進化させるのです。無意識とは雑さでもあり、この雑さをなくしていくことで、人生の質が大きく変わっていくことでしょう。丁寧さが身に付いていけば、そこには必ず喜びや他者との共感が生まれてくるものなのです。

本日のまとめ

意識的に自由になろう
① 日々の生活を意識的に生きること、それが自由への近道。
② 自由とは自分で選択したことを思いっきり楽しむということ。
③ 自由の中には他者との共感が必ずある。
④ まずは身近な人との間で共感できるように努めてみよう。
⑤  意識すると丁寧になり、その丁寧さが人生の質を大きく変えていく。
⑥ 丁寧さが他者との共感や喜びを生んでいく。

 

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潜在意識を書き換えて自由になる

 

自由になるためには、これまでの人生で作られてしまった潜在意識を書き換えていく必要があるのです。

潜在意識を書き換えよう!

生きていると無意識のうちに、自分で出来ることできないことを決め付けてしまっています。この意識の中にしっかりと根付いてしまっている固定観念があなたの自由を阻んでいるといっていいでしょう。

いい意味でも、悪い意味でも強烈な体験をしてしまうと、それがトラウマとなり、あなたの思考や行動に制限を作ってしまいます。また、同じような経験を何度も繰り返し、同じような結果をそのたびごとに得てしまうとそれも、あなたの行動に制限を加えてしまうでしょう。このような体験を通じてあなたの中で、出来る出来ないという制限を作ってしまうものなのです。

これらの制限がある限り、あなたはあなたの人生を謳歌することはできなくなってしまうのです。制限付きの人生を送っていかなければならなくなってしまうのです。

従って、もしあなたが制限のない自由を選ぶのであれば、あなたの中に蓄積されている、不自由な意識を解放してあげる必要があるのです。

潜在意識の書き換え方

潜在意識の書き換え方の方法として、あげられるのは自分自身を教育することです。例えば、自分の意識を変えることのできるような本をとことん読みつくすのもいいでしょう。あるいは、苦手と感じていることも成功するまでとことんやってみるということもいいでしょう。思考の中にある制限をすべて外して、とことん自由な発想で将来のことを考えてみるということもいいでしょう。とにかく、自分の中に存在する制限が、外れるまでとことん自分自身を教育していくのです。

もし、あなたが部屋の片付けや掃除が苦手であると考えるなら、まずは片付けや掃除の本を10冊読んでみるのもいいかもしれません。そういった本は、ブックオフ等で安く手に入れられることができるでしょう。10冊読みきることができたら、次に、その本の中で自分でもできそうなことからはじめていき、実際に片付けや掃除をしていくのです。そういった積み重ねが、あなたの中の苦手意識を克服し、苦手意識を克服したことでひとつ自由を手に入れられるようになるのです。

生活のすべてを潜在意識の書き換えに使う

生活のすべてを潜在意識の書きかえに使ってください。なりたい自分を阻んでいる思考を潜在意識を書き換えることで実現してください。

生活のすべてはあなたの思い込みで成り立っています。この思い込みの中でも変えたいと思うことがあるのならば、それを書き換えていくことで、より自由に近づいていきましょう。

どんな人生も歩んでいけます。それを選択するか否かはあなた次第です

本日のまとめ

まとめ
① 自由になるために潜在意識を書き換えよう。
② あなたの無意識が自由にを阻んでいることに気付こう。
③ 自分自身を教育して、潜在意識を書き換える。
④ 苦手意識を克服し、自由をひとつ手に入れる。
⑤ 潜在意識を書き換えて、あなたは自由を謳歌する人生を歩んでいく。

 

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自由に深刻さはいらない

 

自由の中には深刻さはありません。もし、あなたが今、深刻さの中で生きているとするならば、自由ではないといえるでしょう。逆に、どんなことをするにしても、そこに深刻さが存在しないならば、自由を謳歌できているといえるのです。

未来を考えるとそこに深刻さが生まれる

将来のことを考えると、結果に対して出来るか出来ないかという思考が生まれてきます。思考は2択で物事を考えがちです。しかし、実際問題として、そういった思考のほとんどが思い通りになっていないことが多いのです。もちろんそうして生まれた結果は、良かった場合もあるし、そうでない場合もあります。従って、未来について色々と思いを巡らすことそのものがあまり意味のないことといえるのです。

逆に、思考した通りの将来を実現させようとすればするほど、そこに深刻さが生まれてしまい、今という瞬間を楽しめなくなってしまいます。

今という瞬間を楽しめないのであれば、それは自由ではないということとなります。自由とは、将来のことに対して不安に思う来なく、今、この瞬間を楽しむということでもあるので、もし将来に対してシリアスになることがあるのであれば、それは自由とはいえなくなるのです。

ですので、将来のことを考えすぎるということは、自由という性質そのものを阻害するものと言えるでしょう。

どんな事が起こってもOKという態度が明るい未来を創る

状況をどう捉えるかはあなた次第です。傍から見れば大変な状況であっても、当事者にとっては大したことではないと感じているかもしれません。もしあなたの中にどんな状況でも楽しんでしまおうと思えるスピリットがあるならば、どんな状況でも楽しむことができるでしょう。

反対に、どんな些細な事でも深刻に捉えてしまい、それについて思い悩んでいるようであるならば、人生を自由とともに歩むことはできません。

楽観主義だから何もしないということではありません。悲観的でも楽観的であっても、しなければならないことはしなければなりません。そういったしなければならないことを、どのような心持で行っていくかが大切なのです。

目の前の物事に対して、対処していく方法は大概決まってきます。その対処を、どんな心持でしていくかは、あなた次第です。

対処の仕方の中に深刻さを含ませることなく、楽しみながらできるようになるのであれば、傍から見て状況が悪く見えても、その当人にとっては、楽しみでしかありません。

楽しみながら物事に向かっている時、人は自由を謳歌できているといえるでしょう。

本日のまとめ

まとめ
① 自由の中には深刻さは存在しない。
② 未来について色々と思いを巡らすことは、あまり意味のないこと。
③ 深刻さは、今を楽しめなくしてしまう。
④ 自由とは、将来のことを考える必要もなく、今を楽しめている状態の事。
⑤ 楽しみながら目の前のことができている時こそ、自由を謳歌するということ。

 

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人生は遊び、そう捉えることができたなら自由

 

日々起こる出来事のすべては、あなたのために起こっています。そう思うことができたとき、あなたは、出来事に振り回されることはなくなるでしょう。出来事を受け入れ前向きに対処できるようになることでしょう。

そして、出来事を自分の学びのために起こっていると悟ることができたなら、あなたは出来事に対してとらわれてしまう自分から自由になることができるのです。

出来事をどう捉えるかはあなた次第

出来事をどう捉えるかはあなた次第です。大変に思えるような出来事も、後になって振り返ってみれば、それがあなた自身を大きく成長させたということもたくさんあるはずです。困難を乗り越えたからこそ、今、たくさんのことができるようになっているのです。逆にいえば、数々の困難を乗り越えていなければ、今の自分はないのです。

人間万事塞翁が馬です。すべては結果オーライです。人生をそう捉えることができたなら、あなたは人生という困難から自由になることができ、人生を前向きに歩んでいけるようになるのです。

困難を乗り越えるたびに、あなたはひとつ生きる力を得ていきます。そして、またひとつ困難を乗り越えると、あなたはまた新たに生きる術を得ていくのです。そういったひとつひとつの積み重ねがあってこそ、深みのある人生を味わっていけるようになるのです。そうした先に、どんな事にも動じることのない精神的な自由を得ることができるようになるのです。

自由とはどんな事にも対応できる力

自由とはどんな事にも対応できる力のことです。どんなことにも対応できなければ、それは不自由です。ですので、自由とは対応力の事でもあるのです。

嫌なことに振り回されてしまうのは不自由でしかなく、そういったことをさらりと対処し、それこそ自分の自由な時間を謳歌することこそが自由への道といえるでしょう。

対応できる力を身に付けるには、困難な事にも真摯に対応していかなければなりません。真摯に対応してこそ、対応力が身に付くのです。そうした真摯な対応の蓄積が対応力となり、それがあなたをより自由へと近づける道となるのです。

対応することも遊びの一部

あなたに対応する力が身に付き、どんな出来事もまるで遊びのように対応できるようになったなら、それは、あなたにとっての自由の一部となることでしょう。

どんな事も遊び感覚で出来るようになれたなら、あなたは自由そのものを謳歌できるようになったといえるのです。

人生は遊びです。そう断言できるようになったとき、あなたの人生は、まさにあなたそのものとなるでしょう。

本日のまとめ

まとめ
① 出来事はあなたのために起こっている。
② 出来事を受け入れ、対応できる力があなたを自由へと導く。
③ 人間万事塞翁が馬。すべてが結果オーライ。
④ 自由とはどんな事にも対応できる力のこと。
⑤ どんなことも遊びのように対処できたなら、あなたは自由を手に入れている。
⑥ 人生は遊びである、そう断言できたとき、自由はあなたの手中にある。

 

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幸せを選択するという自由

 

我々には選択できるという自由があります。意識して選択できるのは、この地球上では人間だけです。だからこそ、その選択に対してより意識的になる必要があるでしょう。

どう生きるのか、どのようにこの「生」を楽しんでいくか、その選択は、あなた自身にかかっているのです。

どうやって生きるのか、そういった情報はたくさん世の中に溢れています。しかし、そういった情報の多くは、あなた自身を通過したものではなく、他者の誰かが通過した経験でしかありません。

従って、あなたはあなたの五感を通して自分の「生」を充実させていくしかないのです。

生き方はいろいろあっていい

「生」を充実させようと思うと、より行動的にならなければならないとつい思いがちです。しかし、行動よりも大切なことが、自分自身の軸となる価値観を定めることといえます。この価値観を定めない限り、どんなに行動したところで、それは空回りしてしまうこととなってしまうのです。

あなたはどのように生きたいでしょうか? このことをまず考えていく必要があるといえます。この軸に従ってはじめて行動することが大事だといえるのです。軸となる価値観は人それぞれであるので、生き方はいろいろあっていいのです。ですので、周りをあまり気にせずに、まずは自由に自分の価値観が何なのかを観照していくことが大事であるといえます。

価値観を見極める方法

価値観を見極める方法は引き算です。足し算にしてしまうと収拾がつかなくなってしまいます。思考はいろいろな事をあなたに要求してきます。あれが欲しい、これが欲しい、ああなりたい、こうなりたいと、「なりたい自分」を考えると色々と浮かんでくることでしょう。従って、なりたい自分を考えるのではなく、「ありたい自分」を考えるということがとても大事になってきます。

なりたいを考えると足し算になってしまいますが、ありたいで考えると、必然的に引き算になっていくので、まずはありたい自分を考えてみるといいでしょう。

あなたは、どうありたいですか?

わたしの場合は、常に穏やかでありたいと思っています。穏やかさのなかで、日々を充実させていきたいと思います。この「穏やかさ」、ということを選択すると、わたしの行っていきたいことや付き合っていきたい人などが自ずと見えてくるのです。

例えば、活発にみんなとわいわい楽しく暮らしたいと考えたならば、きっと選択肢も変わってくることでしょう。

もし穏やかさを自分の中心軸に定めたとしたならば、その結果として生まれてくることは副次的なことでしかないともいえます。選択する基準が穏やかさであるならば、生活環境でも、四畳半の静かなアパートと、外の喧騒が絶えず聞こえてくるような場所にある一軒家に暮らすのであれば、わたしは4畳半の静かなアパートを選ぶことでしょう。

こういういった感じで、あり方中心でいろいろな事を選択していくと、選択していく内容も自分基準となり、生活そのものが、自分らしさの現れとなるのです。この自分らしさの現れこそが、「意識的な選択の自由」であるといえるのです。

自分の価値観を大切にしましょう。周囲の目を気にせずに、まずは自分の価値観に沿った生き方をすることが大切なのです。

情報はあくまでも情報でしかありません。情報に振り回されるのではなく、情報を上手に使うのです。また自分の価値観を見極めることができたなら、自分に必要な情報が何なのかもすぐにわかってくるのです。

価値観とは心地よさでもある

価値観とは心地よさです。もし自分の価値観は何なのだろうと考えても思い浮かばないようであれば、まずは、自分自身の中にある心地よさを見つけていくといいかもしれません。好きな事、していて楽しいことでも構いません。好きな事や楽しいことをしていて心地よいと思えるようなことを価値観として定めてみるといいでしょう。そういったことをあなた自身の軸として定め、それを心地よく追求していくことができたなら、あなたはあなたの人生の主人公になれるのです。

本日のまとめ

まとめ
① より意識的に選択することが自由への近道。
② 自分の五感をフルに使って「生」を充実させていく。
③ 価値観が何なのかを通じて、自分の軸を定めていく。
④ ありたい自分や心地よさを価値観として軸を定めていく。
⑤ 自分らしさをチョイスすることがあなた自身の自由へと繋がっていく。
⑥ 自分の心地よさを追求していくことで、あなたはあなたの主人公になる。

 

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